tanayasu99(たなやす)です。
子供の頃から、本を読むのが好きではありませんでした。本とは言っても、漫画やゲームの攻略本はよく読んでいました。国語の教科書のような、小説のような本は、絵が無く飽きてしまうのです。図書館に行って本を借りる達成感があり、中身を読み切ることなく返却していた時期もあったような気がします。ほんとに借りたい人からすると迷惑な奴です。勉強も好きではなかったし、そういうものですかね(-ω-;)
違う所を読書する
国語の授業中、ついに別の所を読み始める所業を繰り出したのです。何を読んでいたかもう覚えていませんが、たぶんプチ悪い事してる快感と、純粋に面白く読み進めていたのでしょう。しかし、3回目ぐらいで先生に気付かれます。怒られる!?と小心者の私はビビりました。ところが、先生は怒ることなく普段どおりの声で「どこを読んでいるの?」と聞いてきます。読んでいる題目を答えると、「熱心に読んでいるみたいだけど面白い?今度授業でやるからね。でも今はこっちね。」と軽く軌道修正させられました。以後、長い時間をかけて本に対する意識が変わっていきました(;´Д`)流行り物は読まないが...
基本「読むのが好きではない」ままでした。興味がある本には手を伸ばし、読むようになった気がします。歴史人物の漫画は読むけど、小説は読まない。「お~い!竜馬」は大好きでした。けれども司馬遼太郎の「竜馬がゆく」は読まない...みたいな。周りで「ハリー・ポッター」が流行れど、興味が湧かず読まない...みたいな。もともと、流行に敏感な訳ではないので、よほど興味がないと読まないようでした(;´Д`)まるでまったく読んでいないようですが、自分の腕をカッターで切り付け落ち着かせていたような心がすさんでいた時期に、本屋さんで見つけ、わざわざ買った本があります。「ナイフ」というタイトルで俯いている少年の絵が付けられた本です。目次を飛ばし最初だけ立ち読みをして、気になったのでしょう。本を読みなれていない自分としては、ストーリーが繋がらない、いくつかの短編ものが1冊になっていた構成が新鮮でした。内容も斬新だった気がします。学校内のいじめに直面する家族みたいな内容だったかなぁ。どこかの短編で、近所のおばちゃんが旦那の髪の毛をワニが居るという池に毎晩放り込んで、ワニが旦那の味を覚えて食い殺してくれないかなぁみたいなことを言ってるシーンも未だに覚えてる。いじめの表現も凄かったと思う。いじめを止めるのは容易じゃないとも思った気がする。当時の自分からは、人に勧められる本でもなく、今これを読んでいるとも言えない1冊だった。(イジメられていた訳では無いが、いろいろ苛立っていた時期です。)
ナイフ(著:重松 清)を読んだのは、たぶん2001年頃だと思います。インターネットの普及に伴いパソコンやスマホでニュースや調べ物を読むようになると、自然と紙に書いてある字を読みたくなりました。光が強くて疲れるんですよね。中学の頃から目がおかしかったと思う。自分だけ眩しそうで、目をしっかり開けられなくて、心配されてた。それはさておき、活字に飢えることが稀にあります。ただし、流行り物や売れ筋No1とかまったく興味が無い、ドラマや映画でやってるならそれで満足してしまうのです。相変わらず変にハードルが高い。直感で選んでいるようですが、少し選び方があるようです。自己啓発の本を選ぶのに近い気がします。この本を読んで何かを得たい。なんでそんな欲望が出てるんだと思うだろうか。馬鹿な話かもしれないが、大泉洋さんのようにネタ溢れる面白い人になりたいと思えば、「大泉エッセイ 僕が綴った16年」を買って読んでいる。集中すればだいぶ読める。序盤おじいさんの話が面白かっただけに、途中で泣いた気がする。
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