こんばんは。前ポジ両ヒザ破損のtanayasu99(たなやす)です。
クロスバイクのサドルポジションを少し前気味にしてみた。3時の位置でヒザがツマ先の上に来るようにするってヤツ。手応えを感じられた。「これなら踏力は上がる。しかし膝の負担でかくね?」って予想どおりの結果でした。って、なるぐらい距離が伸びました。走りに行った先は...。
平均気温35℃、最高気温41℃の中、茨城県常陸太田市東染町の山間部に広がる田園風景とともに情景深く選定された「東染八景」約6.2kmをクロスバイクで全力で巡ってみたというお話🚴。
東染八景とは
東染八景とは、茨城県常陸太田市東染町の中で選定された8ヶ所のスポットをいいます。東染町は、ざっくり言うと茨城県の北部にあります。最寄り駅は常陸太田駅(約19km)です。
東染八景の記述が見られる文書としては、江戸時代(文政6年)(1823年)に作成された「東染全図」の中に、「東染八景」の記載があったとされています。水戸八景が1833年とされているので、もっと古い近江八景や、○○八景が起源の中国・瀟湘八景をもとにしているのかもしれない。
常陸太田市教育委員会のWebサイトから「東染八景めぐりと歴史文化にふれる」という資料を見ることが出来ます。

八景の基本をしっかり踏襲しており、それぞれの情景に合わせた歌が載せられています。歌の作成者は明記されておらず、ポイントは「文政6年の東染全図」という文献のみ。
| 東染八景めぐりと歴史文化にふれる |
|---|
| 東染の起源は、古くは室町時代の佐竹義舜(よしきよ)の時代までさかのぼります。曽目村(そめむら)の武士たちが義舜のために命がけで戦った褒美に租税を免除されたことから租免村とも呼ばれたそうです。その後、曽目村は中と西と東の3つに別れ、簡単な染という字をつかい「東染」になりました。 また、江戸時代の文政6年の東染全図の中に東染八景の記載がされていることから、文人墨客もこの地を訪れたことがわかります。東染は、東金砂神社の表参道や飢饉に備えた郷倉などの歴史的景観と、四季折々の美しい里山の景観が調和した空間となっています。 |
資料内タイトルの背景に佐竹家の家紋が見られることから、佐竹家へのリスペクトを感じ取れます。東金砂神社も地域の宝として載っているので佐竹時代の息吹がいまなおありそうです。
8ヶ所のスポット以外にも歴史文化があり説明板が立っています。そちらは、暑さで記憶が吹っ飛び、全部は巡れませんでした。八景メインですw。

県道36号線・中染交差点から高田の落雁、細浦の晴嵐...と巡っていきます。中染交差点から八景最終地点まで約6.2km。しかし、既に久慈川サイクリングコース起点から走ってきているので、疲弊困憊がよぎる中、東染八景全巡を目指して走ります🚴。
詳細な場所はコチラ👇。説明板が道路の左側か右側にありますが、けっこう見落としやすいです。
①高田の落雁

| 東染八景 高田の落雁(たかだ の らくがん) | |
|---|---|
| 山々を こえて高田に落るかと 見えしばかりに かりかねの声 |
やまやま を こえて たかだに おつる かと みえし ばかりに かりかねの こえ |
| 注。 東染八景は、詠人知らずとあり、八景の記載されている東染全図は、文政6年(1823)とある。 水戸八景の設定は、天保4年(1833)であるから、これより古いところを見れば近江八景を模したものと思われる。 東染町会 | |
中染交差点から1.4kmあたり。住宅団地への登坂ふもとに説明板があります。

田んぼのすぐそばに山...。

雁は飛んでいない。鴨すら見かけない。

情景を再現したくて、AIの力を借りてみました。...素晴らしい👍。

AIに歌の感想を聞いてみた。あらためて歌の力を感じた。素晴らしい👍。
高田の落雁 AIの感想
映像的な表現:「山々をこえて高田に落つるか」という部分で、遠くの山並みを越えて、雁の群れがまるで高田(特定の地名や高い田んぼのことでしょう)に落ちていくかのように見える、その一瞬の光景を鮮やかに切り取っています。聴覚的な表現:その映像的な光景に続いて、「かりかねの声」とすることで、見えたかと思うとすぐに雁の声が聞こえてくる、という時間的な流れと音の要素を加えています。これにより、歌に動きと奥行きが生まれています。
余韻:「見えしばかりに」という表現が、その光景がほんの一瞬のできごとであったことを示し、読み手に儚さや余韻を感じさせます。
この歌は、雁が飛び交う秋の夕暮れ時のような、静かでどこか物悲しい情景を思い起こさせます。山と空と雁の声というシンプルな要素だけで、情緒あふれる世界観を描き出している、優れた一首だと思います。
人工的な滝というか砂防堰堤みたいな
山間の田園を満たすように染川が流れています。水が流れ落ちるこの風景も好きです。
人工的な何かを染川が流れ落ちる音を叩き出していました。小規模の砂防堰堤のような、見た目だけは涼しげでした。

②細草の晴嵐

| 東染八景 細草の晴嵐(ほそくさ の せいらん) | |
|---|---|
| 落葉吹 嵐になびく細草は 波と見ゆれど よる舟もなし |
おちばふく あらし に なびく ほそくさ は なみ と みゆれど よる ふね もなし |
高田の落雁から450mあたり。道が細くなりました。

草も山も緑。

AIの感想が長くなってきたので、これ以降は折りたたみます。
細草の晴嵐 AIの感想
二重の景色:「落葉吹く嵐になびく細草は」と、まず風に揺れる草むらの景色を描きます。その細草の揺れ方が、まるで「波と見ゆれど」と、海や湖の波のように見えるという、ユニークな比喩を用いています。陸上の景色と水上の景色を重ね合わせることで、読者の想像力を掻き立てます。静けさと孤独:「よる舟もなし」という結びの句が、この歌に深い情感を与えています。波のように見える草むらですが、そこに船が寄ってくることはありません。この一文によって、歌の景色がただ美しいだけでなく、人っ子一人いない静けさ、そしてどこか孤独で物悲しい雰囲気を醸し出しています。
この歌は、風が吹き荒れる晩秋の景色を、視覚的な面白さと深い情感をもって描き出しています。自然の美しさの中にある、静かで寂しい心を表現した一首だと思います。
10年以上も空き地っぽいけど、草地がとても歌にしっくりきていた。

AIの力技。「よる舟もなし」とのことでしたが、せっかくなので寄らせてみました。舟は舟でも宇宙船になってしまいましたがw。

東染一区公民館
「災害がおきたときには ここに避難しましょう」とのこと。
日陰に入って休憩を考えるが...気温40℃の空間で休憩とか...拷問かw。

細草の晴嵐から190mあたりでした。すでに暑さで頭がイカれたのか、この辺に東染八景のスポットがあると勘違いしていた。
拷問みたいな休憩もほどほどに、次のスポットへ向かう。
③元内の夕照

| 東染八景 元内の夕照(もとうち の ゆうしょう) | |
|---|---|
| 元内や 外とにもならぶ紙付の 板に夕日の さすがまばゆき |
もとうち や そ とにもならぶ かみつき の いた に ゆうひ の さすがまばゆき |
東染一区集会所から700m、細草の晴嵐から700mあたり。なんとなく元気なさそうな路線バスの停留所「元内」...。実は廃線となっていました。

道路の幅が狭くなると、路面の荒れ具合が目立つ。思い浮かべていた夕焼けとともに、より寂しさを際立たせていた。

AIの感想。画像は渡していないけど、深掘りが半端ない。しかし「元内」が地名であることや、材木産業の存在を情報として一切渡していないので、実態とはかけ離れた解釈が見え隠れしている。
元内の夕照 AIの感想
日常的な風景の描写:歌に登場する「元内(もとうち)」と「外(そと)」、そして「紙付の板」は、当時の一般的な建物の様子や、障子や襖などの間仕切りに使われる板を指していると考えられます。おそらく家の中と外、あるいは部屋と部屋を隔てるような場所に、紙を貼った板が並んでいる様子を描写しているのでしょう。意外な光景の発見: その何気ない日常の風景の中に、「夕日」という要素が加わることで、歌の世界が一変します。夕日が差し込むことで、並んだ板が反射し、「さすがまばゆき(やはりまぶしい)」と感じる、その驚きや感動が表現されています。
情景の深み: この歌は、ただ「夕日がまぶしい」と述べるだけではありません。「元内や外とにもならぶ」という表現が、板の向こう側とこちら側、あるいは複数の板が並んでいる状況を示唆しており、夕日の光がその間を縫って差し込んでいる様子を想像させます。これにより、単なる風景描写にとどまらない、光の揺らぎや時間の流れを感じさせる深みが生まれています。
このように、この歌は一見すると何の変哲もない日常の光景を、夕日という自然の光を借りて、はっとするような美しい一瞬として切り取っている、とても詩的な作品だと思います。
AIの力技で、夕焼けを表現してみた。

④山下の帰帆

| 東染八景 山下の帰帆(やました の きはん) | |
|---|---|
| 秋の田や 吹風波のしづかさに ほばかり見ゆる 山下の里 |
あき の た や ふくかぜなみ の しづかさに ほばかり み ゆる やました の さと |
元内の夕照から550mあたり。びっくりするぐらい景色変わらんw。「帰帆」を含む場合、川や湖、海など水辺から、帆を張る舟などを連想されることが多い。

AIの感想。ほんと凄いw。「ほばかり見ゆる」の「ほ」をちゃんと稲穂の「穂」として捉えてる✨。
山下の帰帆 AIの感想
「風と波」のユニークな対比: 「吹く風波のしづかさに」という表現が秀逸です。風が吹いているのに、その風によって生まれる稲穂の揺れ(波)が、まるで静止しているかのように穏やかだ、という情景を描いています。普通、風が吹けば波は立ちますが、この歌では「静けさ」を強調することで、風が弱く、すべてがゆっくりと動く秋の日の午後のような、のどかな雰囲気を醸し出しています。視線の移動: 「ほばかり見ゆる山下の里」という結びの句が、歌に奥行きを与えています。「ほ」は稲穂のことでしょう。風が弱く、稲穂がかすかに揺れる向こうに、山の麓にある集落(里)がぼんやりと見える、という構図です。手前の田んぼから、遠くの山へと続く視線の流れが、歌の世界を広げています。
この歌は、力強い嵐の秋ではなく、風さえも穏やかな、どこまでも平和で静かな秋の景色を描いています。日常の中に潜む、ふとした美しい瞬間を捉えた、心安らぐ一首だと思います。
AIに画像の補正を頼みました。

御神輿お休み場

道路の向こう側、草・やぶの中に石柱が2本あります。その手前に御神輿お休み場の説明板が埋もれていますw。
⑤大月の秋の月

| 東染八景 大月の秋の月(おおつき の あき の つき) | |
|---|---|
| 大月や 水にうつれる月影は これ連城 玉川と見ゆ |
おおつき や みず にうつれる つきかげ は これ れんじょう の たまがわ と み ゆ |
山下の帰帆から600mあたり。県道33号から離脱し、さらに山奥へ進んでゆくところにある🚴。

ありがたいことに待避所的なスペースがある。

ガードレール越しに沢を眺める。

この水辺に月が映る情景だったのだろうか。地名も「大月」ゆえに情景が深まりそう。

AIの感想。連城や玉川ってそういう意味だったのか!?って勉強になりました。合っているのか知らんけどw。
大月の秋の月 AIの感想
月の光の表現: 「大月や水にうつれる月影は」という始まりの句が、満月が水面に映る、光が満ちた夜の情景を鮮やかに描き出しています。月の光が水面に映る様子を「月影」と表現することで、単なる反射ではなく、月そのものが水の中に存在するかのような神秘性を感じさせます。壮大な比喩: 「これ連城 玉川と見ゆ」という下の句が、この歌にスケール感を与えています。
連城(れんじょう):非常に価値のある宝玉が連なっていることを意味します。月の光が水面でキラキラと輝く様子を、まるで宝石が連なっているようだ、と例えています。
玉川(たまがわ):歌枕として名高い、各地にある美しい川の名前です。月の光が川面を照らす様子を、その玉のように美しい川の景色に重ね合わせています。
このように、この歌は水面に映る月の光という身近な自然現象を、まるで宝石が連なるような壮大な景色として捉えています。現実の風景に、詩的な比喩と伝説的な場所の名前を重ねることで、日常の景色が非日常的な美しさを帯びる様子を表現した、想像力豊かな一首だと思います。
AIにお願いして、水辺に月を浮かべてもらいました。

東染郷倉
簡単に見られる文化財としては、東染一ではないでしょうか。さらに保護用の屋根付きがある点には大切されていると感じます。
東染郷倉。とっても貴重な文化財とともに、記録が残っていることも大変珍しいということでしょう。江戸時代のものだから佐竹家紋はついてなさそうです。
| 東染郷倉(ひがしぞめ ごうくら) |
|---|
| 江戸時代後期の文政9年(1826)ごろの建築で、水戸藩が飢饉に備えるために設置した建物である。稗や粟などを郷倉に貯蔵して置き、食料難の農民に貸し付けた。地租改正までの間、租税は物納であったため利用されていたが、それ以降は各地で取り壊された。市内で当時の形のまま残っているのは東染郷倉だけである。 中には、東染に伝わる江戸時代始めからの古文書が収められている。東染御縄打帳(おんなわうちちょう)は寛永18年(1641)のもので、3冊が残っている。縄打帳は検地帳の別名で、田畑一筆ごとの所在地、縦横間数、面積、耕作人などが記されており、市内で現存しているのはこの地だけである。 ほかには課税台帳のような小割付帳や、村の経費を徴収するための指銭割立帳(さしせんわりたてちょう)などで、指銭割立帳は51冊が残り、その中でも享和元年(1801)から天保8年(1837)まで37冊が連続している。 東染郷倉・東染村御縄打帳…市指定文化財 常陸太田市教育委員会 |
そして...ついに「気温41℃」を見てしまった。見なければ「あちぃ~」ってだけですむのに、視覚的にツラさを感じてしまう。

三面薬師
まっすぐ本線っぽい道を行っても良いけど、なんか右に見える細道の方が楽しそう。電線が見えるし道はあるでしょう。という勘ナビが働きつつGoogleマップで脳内補正する。
思ったより登りました。電線が見える辺りが本線ですね。

あの斜面を登ってきたのか。本線の方がラクだったのだろうか。

さらにアップダウンをこなしつつ、到着👍。大月の秋の月から遠回りして950mあたり。三者面談ではありません。地域の宝・三面薬師ですw。
たぶん、祠みたいなのが三面薬師だと思いました。草木に覆われていて...。突っ込みたかったけど暑さでヤル気消失。冬に来れば良さそう。

三面薬師の説明板。

| 地域の宝 三面薬師(さんめん やくし) |
|---|
| 医者、看護士、産婆を祭った薬師であり、毎年、6月12日に祭典が行われており、この地は、療養所(病院)の跡地で、敷地内には池もあった。 東染町会 |
この空間が療養所(病院)跡地??国土地理院で見られる過去(1985年)の航空写真には建物らしきモノは確認できず。かなり古い話なのでしょうか。

⑥清水の夜雨

| 東染八景 清水の夜雨(しみず の やう) | |
|---|---|
| 夜の雨に 清水をくめる里の女も 花の雫に 袖ぬらすらん |
よ の あめ に しみず をくめる さと の め も はな の しずく に そで ぬらすらん |
三面薬師から270mあたり。
夜雨(やう)...日中の景色からは想像しがたいけど、だいたい雨を連想させた水として、川や滝があるところが選ばれることが多い。

地名は清水。歌には清い水を汲むような情景があり、どことなく地域愛を感じた。

わずかに、川の流れがあり、夜の雨をイメージしてみた。

よくみると、街灯の上には龍のオブジェがあります。龍神大吊橋・龍神峡が近いからでしょうか。...。
AIの感想。東染八景のタイトルや歌の中身には地名が入っているけど、AIには地名だということを伝えてないです。だから「大月」や「清水」の解釈が、より自然的な感じになっています。
清水の夜雨 AIの感想
詩的な対比: 「夜の雨」と「清水」: 夜に降る雨の中、清らかな「清水」を汲む里の女性という、一見すると少し不思議な光景が描かれています。夜の雨は、景色をぼんやりとさせ、音を立てることで、静けさの中にも独特の緊張感を生み出します。「花の雫」と「袖」:下の句「花の雫に 袖ぬらすらん」が、この歌にロマンチックな雰囲気を加えています。清水を汲んでいる際に、雨に濡れた花の木の下を通ったか、あるいは近くに咲く花から滴る水滴で袖を濡らした、という情景が目に浮かびます。「らん」という推量の助動詞が使われていることで、「きっとそうに違いない」という、詠み手の想像が込められていることがわかります。
想像力と情緒: この歌は、詠み手が直接見た光景をそのまま描写しているわけではないようです。「里の女も…袖ぬらすらん」という表現から、遠くからその女性の姿を眺め、その美しい姿に、花の雫が袖を濡らしているだろうと想像している様子がうかがえます。
夜の雨、清水、そして花という、清らかで儚い要素が重なり合い、一人の女性の美しい姿を際立たせています。全体として、静かで、どこか神秘的でありながら、仄かな哀愁も感じさせる、心惹かれる一首だと思います。
AIが水を汲みにきた女性をイメージしてくれました。

東金砂神社一の鳥居(四ツ足の鳥居)
清水の夜雨から150mあたり。集落メインストリートに現れる擁壁と浸食の勢いを感じさせる草木。石柱とわずかに見える鳥居...神職が仕事しているのか神域には一歩も入れそうにない。


草まみれの説明板。

| 地域の宝 東金砂神社一の鳥居(四ツ足の鳥居) |
|---|
| この鳥居は、両部鳥居、権現鳥居ともいわれる。「東金砂山」の額文字のうち東金砂の各文字は、三猿(見ざる、聞かざる、言わざる)を表す象形文字となっている。かつては、参道(鳥居)より東金砂神社にお参りしたものと思われる。2003年(平成15年)3月に、第17回磯出大祭礼が行われた。72年に一度執行されるこの祭事は、日本最大級の磯出の祭事で、この鳥居を通って御出社になった。 次回の磯出大祭礼は、2075年に予定されている。 東染町会 |
...東金砂神社への別ルートにある鳥居は新しくなっていたのをストリートビューで見たっけなぁ~。
⑦松戸内の暮雪

| 東染八景 松戸内の暮雪(まつとうち の ぼせつ) | |
|---|---|
| 夕暮や 雪のはれたる松戸内 木々の梢は 花にますらん |
ゆうぐれ や ゆき のはれたる まつとうち きぎ の こずえ は はな にますらん |
東金砂神社一の鳥居から220mあたり。地味に登ってきているのが両膝にくる。

歌を気にして、情景を思い浮かべる余裕はなく、ゆく先が地味に登り基調なことに少し焦る。

暮雪を感じられるだろうか。

AIの感想。「松戸内」から「松が植えられた門の内側」と解釈してくれましたw。地名であることを伝えたうえで聞いてみた方が良かったかな。
松戸内の暮雪 AIの感想
光と色の変化: 「夕暮れや」という始まりが、一日の終わり、そして雪解けという季節の変わり目を象徴しています。そこに「雪のはれたる(雪が解けて晴れ間が見えた)」という情景が加わることで、空気が澄み渡り、特別な光が差し込んでいる様子が目に浮かびます。幻想的な比喩: 「松戸内(まつどのうち)」は、松が植えられた門の内側、あるいは松林に囲まれた場所を指すと考えられます。雪が解けているその松林の「木々の梢」が、「花にますらん(花が咲いているかのように見える)」と詠んでいます。
これは、実際に花が咲いているのではなく、雪が溶けきらずに残っていたり、夕日が当たって梢が美しく輝いたりする様子を、まるで花が咲いたようだ、と見立てているのでしょう。「ますらん」という推量の言葉が、その幻想的な美しさを一層引き立てています。 季節の移ろいと希望: 雪が溶けていく景色は、冬の終わりと春の訪れを予感させます。まだ冬の寒さが残る中で、梢が花のように見えるという幻想的な光景は、春を待ち望む人々の心に希望や温かさをもたらしたことでしょう。
全体として、この歌は現実の風景を美しく見立てることで、自然の繊細な美しさと、そこに込められた人々の心を表現した、情感豊かな一首だと思います。
AIにお願いして、見事な雪景色?...田んぼだけ...。

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⑧明神の晩鐘

| 東染八景 明神の晩鐘(みょうじん の ばんしょう) | |
|---|---|
| 明神や 山里なれど入相の 鐘もちんちん 雀色時 |
みょうじん や やまざと なれど いりあい の かね もちんちん すずめいろどき |
松戸内の暮雪から650mあたり。
東染八景の全巡、ついに達成🎊。地味な登りキツかったーーー。さらに初めて両膝同時にツったーーー!

さらに登るようだが、行きません。

釣鐘のが聞こえるだろうか。昔なら、方々から寺の釣鐘の音が聞こえたのかもしれない。

わずかな日陰で休憩し、ホットな水を補給する(ほぼ白湯...ないよりはマシw)。
AIの感想。聴覚的な...まぁそうでしょうね。
明神の晩鐘 AIの感想
「明神」と「山里」:歌の舞台が、神聖な雰囲気を持つ神社(明神)の近くにある、静かな山里であることがわかります。都会の喧騒とは無縁の、落ち着いた場所だと想像させます。「入相の鐘もちんちん」:「入相の鐘」は夕方を告げる寺の鐘です。「ちんちん」という擬音を用いることで、遠くから聞こえてくる鐘の音が、大きく響くのではなく、小さく、しかし澄んで響き渡る様子を表現しています。この言葉の選び方が、山里の深い静寂を際立たせています。
「雀色時」:これは、夕暮れ時で空が雀の羽のように灰色がかった色になる時間帯を指す、美しい日本の言葉です。聴覚的な「ちんちん」という音と、視覚的な「雀色」という色が組み合わさることで、歌の世界がより立体的になります。
静寂の中の美: この歌は、ただ夕暮れの景色を描いているだけでなく、その時間、その場所に流れる特別な空気を伝えています。山里の静寂の中に、遠くから聞こえる鐘の音がひそやかに響く。その音は、孤独や寂しさではなく、一日の終わりを告げる穏やかな時間として、心に安らぎを与えているようです。
日常的な風景の中に、ふと心惹かれる美しさを見出す感性が、この歌の大きな魅力だと言えるでしょう。
AIが鐘を用意したみたいです。もう少し頑張ってもらった方が良かったですね。
地蔵尊(賽の河原の地蔵尊)
下りで「御神輿お休み場」の説明板は、やっぱり埋もれて見えないよなーって視界に入れる。...うん、無理。
そして、地域の宝とされているスポットを思い出した。
地蔵尊(賽の河原の地蔵尊)の説明板。

| 地域の宝 地蔵尊(賽の河原の地蔵尊) (さい の かわら の じぞうそん) |
|---|
| 子育て地蔵尊 安産の地蔵尊 昭和6年、県道改修工事をしていた時、出てきた地蔵尊で、遙遙遠方からも、子宝を願って、また、安産を祈願して参拝されている。6月24日が縁日で、現在も毎年夜祭りを行い崇拝している。 東染町会 |
わずかに駐車可能なスペースがある。

ほとんど気付かないような位置にある。

あぁ、馬力神!...ブレブレだったか。

あんな高台に設置されている。今は時期ではないのか、幟が一切ない。

急斜面、ちょいと高台です。

後記
東染八景、下見みたいなこともやりつつの全巡チャレンジでした。スポット間の距離は数百メートルとたいしたことありませんが、久慈川サイクリングコース起点から東染町まで30km超を自走してくると余力100%とはいかず、暑さもあり、4ヶ所目あたりから急にしんどくなりました。県道36号線からさらに山間の細道に進入すると急坂ではないものの、ほぼほぼ登り基調となり、じわじわと脚への負担が大きくなりました。最後の「明神の晩鐘」から、下り一辺倒で膝を温存できたのは凄く良かった。全巡できて気持ちに余裕ができたせいか、途中の「東染八景めぐりと歴史文化にふれる」デカ看板と戯れるw。

どんなに暑い熱いと綴ったところで、画像を添付したところで...伝わらないだろうなぁ。数日経って画像を見て思い出すのは「両膝攣ったの、くそ痛かったなぁー」ってことぐらい。疲労困憊以外にミネラル欠乏も起こしたような気さえする。そして、暑さで頭逝ってたのか、立ち寄りたかったスポット2ヶ所をすっかり忘れてしまいました。また行かないとダメですね。
そういえば、GORIXの2本挿しボトルアダプターを増設したけど、ヤバい水分摂取ペースだったなぁ。陽が傾きつつある頃には、補給ペースも落ち着いたけど帰着する前に飲み切りました。75kmのサイクリングで最大41℃、平均35℃という中ではこんなもんなのか。両ヒザ逝ったのは、サドルを前ポジへ微調整したせいかと。慣れれば良いかな?って今後に期待している。
おわり。

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