こんばんは。石が好きかもしれないtanayasu99(たなやす)です。
今年(2026)も久慈川サイクリングコース終点付近スポット巡りを始めていきます🚴。2026年初回は(常陸太田市)大里町の史跡13ヶ所+αを巡っていきます。1日で巡った話になりますが、記事としては3つに分けて展開していきます。
ということで、常陸太田市大里町の歴史とかへクロスバイクで立ち寄ってみたというお話パート2です🚴。
石仏群
糠塚古墳からの続きです。今回はほとんど石仏群です。管理のされ方や景色を堪能してもらえたら良いと思います。ごみ集積場という地域に欠かせない敷地と一体化した「石仏群」です。

「石仏群」説明板。

| 石仏群 |
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| ここには、地蔵菩薩・子安観音・如意輪観音や湯殿山などの石仏が祀られています。 これらの石仏から、地域の人々が様々な信仰をよりどころに「講」を結び、寄り集まって親交を温めていたことが伺えます。 大里一町会 大里二町会 |
パッと見、4つかな。奉納物?や石積みの存在が何とも言えません。

それと、湯殿...たぶん山。

丸山公園
石仏群ばかりだと飽き...。赤城神社です⛩。
「昭和天皇御製」。

| 昭和天皇御製の解説 |
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| 「浦安の舞」 天地の神にぞ祈る 朝なぎの 海のごとくに 波たたぬ世を 解説 昭和15年11月10日、紀元2600年奉祝にあたり、宮内省 楽長 多忠頼 氏が作曲振付、全国の神社にて一斉に奉奏されたもので、今日でも盛んに用ゐられ、神前神楽の代表作とされてをります。 浦安とは、海の安らかなこと、日本の国を浦安の国といいます。 平和を祈る心の舞で扇舞と鈴舞とからなっています。 槍扇は、祝の象徴であり、みな心を一つにして豊に開きゆくありかたを示し、鈴は美しい音の響きの中に神と人との触れ合いの喜びを示すものであります。 伊勢神宮参拝記念 赤城神社 平成23年3月吉日 |
「赤城神社由緒」。由緒...ほぁ?

スポットと説明板は拝殿の先です。この階段を自転車を担いで踏破するのは容易じゃないだろうな。石階段が少しでもボロボロしてたら滑落リスク大きいよなーって脳内会議したうえ、迂回していくことにした。

迂回中の景色。水田が美しい✨。

拝殿へ到達。先ほど下から見上げていた赤城神社です。

落ち葉?もあって、迂回してきて正解だったなと。

手水舎。

大きい切り株。

なんだろうコレ?「八幡太郎義家の腰掛石」とかでは??

「本殿の土台石」とのこと。そう簡単には義家さん出てこんよな。

「推定樹齢550年 御神木」とのこと。

大きさが伝わりそうで伝わりにくいアングル。

小さい神社。

鳥居の先が目的地です。

「昭和天皇陸軍特別大演習跡地」看板。目的地に関係する文言です。

道中の石仏群?

...石碑です。

丸山公園の広場。

トイレがあります。

見晴らしが良いです。


目的の石碑「御統監記念碑」(おん とうかん きねんひ)です。

「御野立所」(お のだて しょ)(丸山公園)の説明板。

| 御野立所(お のだて しょ)(丸山公園) |
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| 昭和4年、水戸地方(石岡・水戸・常陸太田)において、昭和天皇をお迎えして大規模な陸軍特別大演習が行われました。 「御統監記念碑」(おん とうかん きねんひ)は、未来の子孫へ伝えるために昭和6年2月、在郷軍人を始め地元青年会の奉仕により、円山山頂に据え建てられ、周辺には桜やつつじが植えられ、公園的な要素を持った旧跡として整備されました。 大里一町会 大里二町会 |
どのような大演習だったのだろう。広がる景色を眺めながら何かを思うのでした。
石仏群
石仏群とありますが、左側に見える小屋?は「小さなお堂」であり、観音像が祀られているとのこと。

並び方が天才的か。センター争奪戦とかありそう。

トタンっぽい作りが少し残念ではあるが、これはこれで良い。

「石仏群」説明板。

| 石仏群 |
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| ここは、もとは墓地であったところに、子安観音や馬頭観音像・十九夜供養塔などの石仏や墓石(無縁)など様々なものが集められたといわれています。 また、通称「観音様」とも言われ、小さなお堂には観音像が祀られています。 昔は、毎年6月頃に「御田植祭」が行われ、提灯を飾り舞台を作り、祭りが行われていました。 大里一町会 大里二町会 |
石憧
今回の史跡巡り事前調査で唯一、本体を確認できなかったスポット「石憧」です。手前には花立と香炉を確認できました。

「石憧」説明板。

| 石憧(せきどう) |
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| 石幢とは、寺院の門前に建立される石造りの塔で、「幢」は旗章を意味しています。 幢の本体は六角の柱状につくられ、地蔵信仰と結びついて、6つの面に6体の地蔵尊が刻まれています。県内では筑波山周辺で多くみられますが、県北地方ではあまり知られていません。 大里地方のものは、かつてこの地にあった寺のものがここに安置されたと思われます。 大里一町会 大里二町会 |
草に覆われて分かりにくい石幢でしたが、綺麗な花に彩られ佇んでいました。エニシダというらしいです。注意深く観察すると目的の石憧を発見💡。なんだコレwRPGゲームで探索でもしてるのかw。...散策マップを参考に史跡巡りしてるのでした。
6面かどうか確認できませんでした。これ小さいからピンときませんでしたが、灯篭とか石造に6面体って見かけたような気がします。
石幢(巾)と石憧(心)は同じ意味(同義語)で、現代では石幢(巾)が使われ、古い記録などでは石憧(心)が使われているそうです。
後記
石仏のプロとかありそうでないなw。考古学者とかなのかなー。ロビンだな、ワンピースの。そう思うと、ポーネグリフ探しのようで面白いんだが、刻まれた文字を徹底的に調べ上げる余裕はなく、そこまでのワクワク感はないw。探し忘れるし🤣。だがそれでも達成感はある👍。さて、次回は大里町パート3(最終話)。お不動尊、弁財天、北宿古墳へ立ち寄ります🚴。
おわり。

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