こんばんは。1日走らなかったら1歳分の体力を失う病気のtanayasu99(たなやす)です。
今年(2026)も久慈川サイクリングコース終点付近スポット巡りを始めていきます🚴。2026年初回は(常陸太田市)大里町の史跡13ヶ所+αを巡っていきます。1日で巡った話になりますが、記事としては3つに分けて展開していきます。
ということで、久慈川サイクリングコースの事に触れつつ、常陸太田市大里町の歴史とかへクロスバイクで立ち寄ってみたというお話パート1です🚴。
久慈川サイクリングコース起点から終点

おなじみの久慈川サイクリングコース。起点には久慈大橋、久慈川のほぼ河口からいつの間にか久慈川水系山田川からの、終点の常井橋。
道中の様子は、年明けからほぼほぼ変わりなかったです。堅磐地区あたりの堤防工事による通行止め&迂回。新川戸橋も通行止めのまま。
変わった点と言えば、堅磐地区堤防工事が終了に見えたけど、実は別工事に変化してて結局通行止め&迂回ルート。工事場所が変わったので、少しだけスムーズに迂回できるようになった。さらに工事周辺に現場見学台が設置されていました。
R6久慈川左岸 堅磐地先 築堤工事
久慈川サイクリングコース起点から走り始めて最初の通行止めです🚧。
工事期間は「令和9年2月26日まで」らしいです。

つい先日樋管工事が終わって、やっと通行止め解除されたかと思ったのに...。標準的な迂回ルートだと見通しも悪くて遠回りですが、バリケードの横・スロープを下っていくルートが見通しが良くて最短です。状況によっては閉鎖してるかも。

樋管は元々あって、堤防をぶった切る程の取り壊しと新設の工事でした。構造物名称は「境排水樋管」とのこと。工事名称も掲載されている。

堤防も樋管も真新しい✨。

参考までに、これまでの樋管改築工事に触れているお話はコチラ。8回も記事にしていた🤣。
現場見学台を設置中
迂回ルート終了し本線合流付近。「現場見学台」が設置されたようです。
「ここから現場の様子がみられるよ!」とのこと。(R6 久慈川左岸堅磐地先築堤工事)

「駐車スペースはこちら」の案内板が親切なぐらい多いw。

反対側の通行止め。先ほどの通行止めを南東地点とすれば、こちらの通行止めは北西地点。

あれが...駐車スペースだと。

雨後でなければ、離合できないルートが問題に見えただけだったんですがw。

さて、気を取り直して、「現場見学台」へ。

「安全・安心のため新しい堤防をつくっています」看板です。現堤防よりさらに外側に堤防を築く感じですね。

工事の様子とか。

「はたらく機械紹介」...意外と知らない。

「今までの作業」...地道な作業だ。屈強な堤防をつくるには大切なこと。

はい、休憩します。

ブルーシートの部分に高さを感じますが、現堤防よりまだまだ低いです。この後、盛られるのでしょうか。

ご意見箱。よく犬が登場していますが、どのような背景があるのか気になります。ちなみに、テーブルがザラザラしてて、ご意見しにくそうでした。

新落合橋
新落合橋にて。令和元年東日本台風(2019)で大破し、令和3年(2021)から復旧作業、翌年の令和4年(2022)に復旧完了したという、近年の変わり具合が記憶に新しいような気がする橋です。
っで、年末年始あたりからボルトの露出度が増していき、4輪自動車ではパンクの危険が潜んでいました。
どうせまだ直していないだろうと期待なく、通過しようとしたらまさかの「完全修復」していたので、超ビックリしましたw。

やれば出来るじゃん。

新川戸橋
年始だっただろうか。新川戸橋の測量をしていたので、修復しそうな気配を感じたのですが、変化なさそうです。
こちらも風情ある木製メインの橋です。もうこの手の橋は、歩行者と軽車両のみの通行にした方が良いじゃないでしょうか。自動車も通行できれば便利ですが、災害の度に修繕費用を投入するぐらいなら...って感じにならないんですかね。

久慈川サイクリングコース終点の地
久慈川サイクリングコース終点の地。草が順調に成長していますw。
草の先に見える橋が、常井橋。

今回の補給食、いつものソイジョイ。の、安売りしていた「抹茶&マカダミア」です。ソイジョイの優れた点は、なんといっても「溶けない」「融解しない」「ベト付かず食べやすい」「味がいっぱいある」ということです。特に夏場は「溶けない」「融解しない」「ベト付かず食べやすい」が超重要です。

では、いよいよ本日のメインクエストへ、大里町の史跡等を巡っていきます🚴。
久米第一小学校跡地、正門と友情
久米第一小学校跡地🏫。住宅地化してて立ち寄りにくいのですが、道路どおりに通過していきます。
っで、これが小学校の正門みたいです。

向かって右側の石柱には「茨城県久慈群 金砂郷村立 久米第一小学校」とあります。

「久米第一小学校跡地」説明板。当時の校舎っぽい写真が載せられています。

| 久米第一小学校跡地 |
|---|
| 久米第一小学校は明治6年「大里小学校」として開校し、大里尋常小学校などと名称が変わり、昭和23年に「久米第一小学校」として久米・大里・薬谷・大平地区の子どもたちが通い、昭和61年の統合により113年の歴史を閉じました。 跡地には、「正門」や「友情」の製作物、百周年記念「きぼう」の石碑や巨木など当時を思い起こさせるものが数多く存在しています。 大里一町会 大里二町会 |
「友情」の碑。

生徒たちの手で石を並べたのでしょうか。碑の下部に名前が刻まれたレンガも積まれていました。

トーテムポール。たしかに、昔の学校でよく見かけた気がします。

鳥?のオブジェ。

無名の碑。レンガには名前が刻まれていました。

なんか読めそうで読めない。保健?いや違うかw。

「きぼう」の石碑を探し忘れて次へ向かってしまいました😨。
馬頭観音像(その1)
常陸太田市の史跡巡りをすると、必ずと言っていいぐらい石仏群や馬頭観音像に遭遇します。

小さい。

「馬頭観音像」説明板。

| 馬頭観音像 |
|---|
| 馬の守り神として広く信仰された石塔で、農耕馬などの供養塔として多数建立されています。 ここには、江戸時代から明治時代までのものが祀られています。 大里一町会 大里二町会 |
小高い所にも住宅が並んでいるので、自動車が流行る前・大昔には、馬を使った運搬や農耕が盛んだったのでしょう。
馬頭観音像(その2)
続いてまた「馬頭観音像」ですが、少し様子が異なります。

「馬頭観音像」説明板。

| 馬頭観音像 |
|---|
| 馬の守り神として広く信仰された石塔で、農耕馬などの供養塔として多数建立されています。 この像の建立は江戸時代中期で、「道標(みちしるべ)」の役割も果たしていました。 碑文には、「右 やみぞ 左 佐竹」と記され、多くの人々がこの案内によって目的地を目指したことでしょう。 大里一町会 大里二町会 |
なんと、馬頭観音像には道標が刻まれているとのこと。読み取ろうと屈んでいたら袈裟斬りされそうな気がしました。

長者屋敷の碑
立ち寄ったことあるし、今回は行かなくて良いかなぁーって思っていました。しかし、最後に見た時に2つの祠が撤去(?)されていた事が気になり立ち寄ってみました。
ぇぇ、なんか工事してるんですけどー。

「歩道を広げる工事を行っています」「9月頃 完成予定」とのこと。7月6日までともあるけどなw。

祠が先に撤去されていたのはそういうことだったのかな。長者屋敷の碑も撤去され、着々と工事が進んでいるようでした。さぞかし、立派な史跡としてリメイクされることでしょう。(道路工事が主たる目的だと思いますがw)

5月の予定は「L型擁壁布設、埋戻」「石碑移設箇所整備」「排水整備」とのこと。

「4月作業状況」も載っています。これが日本の技術だ!...知らんけど。手堅くしっかり工事しているということです。

という感じで絶賛道路工事だったので、長者屋敷の碑は確認できませんでした。参考までに工事前の長者屋敷の碑に立ち寄ったことはコチラ👇。
石仏群
3つの石仏群。小さいからスライムって言わないでください。せめて、イシツブテぐらいにしてください。

「石仏群」説明板。そういえば立ち寄ったことあったわw。
| 石仏群 |
|---|
| ここには「馬力神」や「湯殿山」などの石碑が祀られています。 馬力神は「馬の守護神」として、愛馬の供養のために多く建立されました。全国的には、明治時代にもっとも多く建てられています。 大里一町会 大里二町会 |

糠塚古墳
こちらも立ち寄ったことありました。道路から見えていますが、ちょっと階段(スロープ付き)で入っていくので存在感がほぼありません。

草地です。

「糠塚古墳」説明板。
| 糠塚古墳(ぬかづか こふん) |
|---|
| 糠塚とは、「昔、隣村の薬谷に住んでいた万石長者が、糠を積んでいた場所だった」ことに由来すると伝えられています。 全長30メートルの円墳と推定され、昭和63年に墓地が整備されたときに、周辺から人物・形象・動物の埴輪が出土しています。 大里一町会 大里二町会 |
大昔からの人々の生活が伺える地域のようです。特に、玄米から白米へと精米する過程で削ぎ落とされる米ぬかには、ビタミンB群やミネラルなどが濃縮されているおり、大昔は白米だけでは不足しがちな栄養を補うための重要な食材だったようです。
大昔から繁栄してきたが、裕福すぎて危険視され八幡太郎義家に滅ぼされる局面もあったよなー。繁栄も、おもてなしもホドホドにしないと...なのか。そんな力加減なんて難しすぎぃー😫。
後記
日立市内サイクリング以来1ヶ月ぶりで、走行距離は半分ぐらいでまぁまぁしんどかったの何で?状態でした。1日走らなかったら1歳分の体力を失うというのは大げさですが、30日走らなかったら体力が落ちたのは事実。筋トレやってても持久力は皆無だし。さて、次回は大里町パート2。石仏群・丸山公園・石幢(せきどう)へ立ち寄ります🚴。
おわり。

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